わたしは、人が運命の分かれ道とでも言いそうな、まさにそのとき、
自宅である十川町の古アパートで、ただぼうっと、ホラー映画を見ていた。
映画はちょうどクライマックスのシーンで、主人公の女の子が、
ゾンビと化して変わり果ててしまった恋人に追いかけられ、まさにいま捕まろうとしているところだった。
実はこの場面の映像があまりにも残酷に描かれていて
(どんなふうなのかの説明は簡単。その恋人の変貌の様子がドアップになっている)、
アメリカの方では上映中止にまでなってしまい、それがさらに話題を呼んだ。
そういう映画を、見ていた。
「おいおい、いつまでそんな陰気くせえもん見てんだよ?」
部屋に入ってくるなり、弟の夕貴は言った。
「そんなんずっと見て、また夜怖くて寝れなくなっても知らねえぜ?」
「失礼ね、それはこっちのセリフでしょ。
"学校の怪談"ごときに一人泣きわめいてた弱虫夕貴くん?」
「なっ!だからそれはいつの話だよ!もう10年も断つんだぜ?
いい加減利亜もその話ばっかり掘り返すのはやめろよ!」
その話とは、夕貴が6歳のときに学校のハロウィン会で、みんなで映画を見たところ、
まだ30分もたっていないのに一人泣き叫びながら家に帰ろうとしたことがあったのだ。
ちなみに利亜とは私のことで、
夕貴は私のことを"お姉ちゃん"などとかわいらしい呼び方をしたことは一度もない。
私はビデオを消し、ベッドに座り直して夕貴の方へ向いた。
「はいはい泣き虫くん。それで、何の用なのよ?勝手に人の部屋ずかずか入り込んで来て。」
「ああ、それがよ、」
夕貴は手に持っていた封筒を私へ向かって投げた。
「ポストにこんなんが入ってて、ちょっと気になってさ。」
「なにこれ、"鷹松利亜様"?私宛てじゃない。」
「だから持って来てやったんだろ?なんか中にいろいろ入ってるみたいだしな。」
夕貴の言う通り、その中にはなにかのメモがしてある紙切れと、
そこにセロハンテープで適当にくっつけてある小さな鍵、あと、大量のフィルムがあった。
「何よこのフィルム。これをあたしにどうしろっていうのよ。」
「おい、それよりもこのメモ、親父の字じゃねえのか?」
「え?うそ。なんて書いてあるの?」
「何って別に、ただこれだけだよ。」
夕貴は私にその紙を見せた。
「…ちとせまち?」